★田口城跡(たぐちじょうせき)(城山)
基本データ:田口城跡(標高)881.4m(場所)佐久市(コース)五稜郭展望台コース(標高差)約150m(総距離/時間)約2q/1.5h(備考)'26.5.25
田口城は室町時代末期に、佐久南部の土豪・田口氏が築城したといわれる山城である。
戦国時代に武田信玄の佐久侵攻によって落城し、田口氏は滅亡する。その後、武田氏の支配となるが、武田氏滅亡後、徳川家康についた国衆・依田信蕃が攻略する。信蕃の子・竹福丸は父の戦功により、松平の名字と「康」の字を与えられ(松平康国)小諸10万石の大名となったが、田口城は戦国時代の終焉とともに廃城となる。
大梁山蕃松院は松平康国が父・依田信蕃の追福供養のために建立した寺で、江戸時代に入り、田野口藩の歴代藩主の菩提寺となった。
三河国奥殿藩・松平乗謨(のりかた)は、文久3年に田野口藩に転封し龍岡藩と改称した。乗謨は星型稜堡をもつ洋式城郭を慶応3年(1867)に築城している。龍岡城五稜郭は、函館の五稜郭と共に日本に二つしかなく、しかも日本最後の城ともいわれている。